イギリスの伝説的ブリット・ポップバンド、

OASISの数々の名曲の中でもおそらく、

一番か二番かに人気の曲。


”Wonderwall"


その歌詞の中でも有名な一説が今日のブログタイトル。

まぁ、Wonderwallの歌詞はどれも意味深で、どれも衝撃で、

どれも有名だと思うけど、


Wonderwallは現在から23年前の1995年に発売された曲だけど、

今でも全世界で歌い継がれている名曲のひとつだと思う。

それこそ、Don't look back in AngerやSTAND BY ME、Super Sonicなどの名盤たちとも並んで

軒並み名曲揃いなのがOASISだった。

俺がオーストラリアの路上でギターをかき鳴らしていた時も、

クラブを兼ねた田舎のパブでやっていた現地のバンドでも、

どこかのヨーロピアンの旅人も、

みんなWonderwallが登竜門のように響かせていた。

それこそ、それぞれに

それぞれのWonderwallがあって、


まったくリズムも抑揚も雰囲気も異なるWonderwallを聴いた夜もあった。


でも、なぜか、そんな異様なアレンジを聴いても、


それはまさしくWonderwallなんだと認識せずにはいられなかった。


ブルースやボサノヴァやレゲェ調に彩られたWonderwallも聴いた。


そのすべてがWonderwallだった。


そのくらい、OASISという伝説は今の世界でも尾を引いている証拠だと思った。


今は、OASISを知ってる若いバンドマンは少なくなってきた。

今年のサマソニに出演決定しているノエル・ギャラガーがオアシスのリードプレイヤーでありリードクリエイターであった事を知る者も往年のロックファンに留まるところになっていると思う。


けれど、あの、ノエルの素行や口の悪さを象徴する姿が正しくロックンローラーであり、

今はあの人くらいしかそーゆーROCKらしさを引き摺ってる人物がいない。

いや、目立ってるのがノエルくらいで、

思えば、クラプトンやポール・マッカートニーも未だに現役だし、

年齢がいくにつれて、元来の奇抜さにプラスして燻銀的な人間味というか、

激動の人生を歩んできたからこそ語れる波乱万丈さを物語る事が出来る

年齢のとり方をしている。


そもそもROCKとは何か。


今では表面的な快楽や


上辺だけのLOVE&PEACE


すべてが”ひとつ”だと言う同化主義の成れの果て


プロパガンダ


気持ちいいだけのエレクトロニックダンスミュージック

 
嗚呼、


それだけだ。



ROCKの過去を辿ると、


苦痛や差別や貧困や

戦争や虐殺や革命や

平和や反発や抵抗や

自由や破壊や独立や

罵倒や自殺や殺人や

創造や出産や別離や

出会いや喧嘩や友情や

愛情や情愛や性愛や

禁欲やフラストレーションや進化の連鎖があった事を知る。


時代背景に沿って変化と融合を繰り返して進化してきたのがROCKを始めとする音楽の歴史のように思う。


それは、そう、人間の歴史だ。



しかし、その歴史がその先へ進まなくなってきたように思うのは、

その背景を見る目や聞き解く耳や、

感じ取る心の感性を

人々が失ってしまったからだと思う。


兎角、日本は音楽業界や芸術分野にも商業主義の風が吹き、

才能や技術力に裏づけされた者にしか陽の目を見ない、

そんな風潮があるように思う。


それは、業界人だけに留まらず、一般人の中にも

”評価しよう”という浅ましさやおこがましさが蔓延るようになった。


そこには”感じる”、”読み解く”と言った時間をかけていく工程がなくなり、

スピーディーに、目まぐるしく、

過ぎていくものを見送っているだけのような表面的な評価を出す作業をしているような気分になる。

誰もが時間をかけて、

深く感じる事をしなくなったと思う。


完成されたものを欲し、それを評価し、批判し、優劣を決めるだけ。


そんなのは、何様?って気分になる。


流行をおっかけて、


先へ先へと落ち着くこともなく、先の見えない追いかけっこを続けている。


そこには自分のスタイルも相手のスタイルも関係なくなり、


信じる事も疑う事も、真実を見抜く事も出来なくなっている。


ただの流れ作業でしかないくせに、

評価しようとする。


深く読み解こうともせずに。


ただただ表面的な、技術的な、商業的なものの考えしかしなくなっている。


日本にエンジェル投資家がいないように、


日本が差別主義が強い国であるように、


結局、金の話だ。 


プロになって金を稼がなければ、やってる意味がないと言わんばかりで、


俺は趣味で、自己満足で音楽やバンドやアーティスト活動をやっているけど、


商業主義的な頭の固い不自由人からして見れば、


そんな金にならない事をやる時間があれば、1分1秒でも金に繋がるようにするというのが奴等の常識なのだろう。


でも俺は、そんな事務的で義務的な作業を趣味にしたくないし、

時間をかけて読み解いて、

時間をかけて破壊して、

更に時間をかけて構築するのが好きなんだ。


そこに、才能があるとかないとか、金になるとかならないとか、技術があるすげぇ、かっけぇとか、

そんなんで音楽やってねぇんだ。


ROCKは魂だ。

ROCKは生き様だ。

俺が俺の作った歌をどう歌おうが俺の勝手だ。

そうやって歌いたくて作ってるし、歌ってる。

成功者の真似をしても、成功しない人が大半なのと同じで、

人まねしても、それが必ずしもいい結果に繋がるものだとは俺は理解できない。

人それぞれのやり方があって、人それぞれの表現があって、

人それぞれの自由があるのが、

ROCKで、


趣味で、自己満足で、ストレス解消で、


そういう事を好きなように表現してる奴が一番かっこいいと俺は思ってる。



SNSで俺の作ったオリジナルの歌をアップしたら、

大学時代の同期から

「一から歌い方を勉強した方がいい」とおせっかいな言葉をいただいたよ。

余計なお世話だ!

てめぇの価値観だけで、俺の歌の表現の自由を阻害するな!


奴も歌を歌ってる奴だけど、


一度だって表に出ようとしてない奴に、


正々堂々と表に出て活動してる俺のことをバカにされる所以はない。


そもそも俺がやってるROCKとあいつがやってる歌謡曲みたいなのとはジャンルも表現も違う。


ROCKは自由だ。


でも歌謡曲は、カラオケみたいな構成のくせして、自由度は低い。

価値観の相違だ。

でも、同い年の、今まで活動もしてこなかった奴に偉そうに言われるのはめちゃくちゃ腹立った。

仕事やめてライヴするだのなんだの言ってた奴だけど、

ライヴやる為に仕事やめるとかってのが、まず間違いじゃね?

そんな甘くねぇよ

みんな仕事やりながら趣味に落ち着けて時間作って好きなことやってんだ。

それを仕事やってたら時間ないからとかって言うなら、

あいつはどうしようもなく時間の使い方がヘタクソなんだ。

俺は女と遊ぶよりもバンドやってる方が楽しいし、酒飲むよりも筋トレしてる方が楽しい。

そうやって、時間をうまく使い分けて、やりたいことをやるんだ。

それを仕事をやめて時間が出来たからってそれに打ち込めるとは限らない。

寧ろ、時間が無限にあるという意識が、自意識を堕落させるものだと思う。

時間がないなら有給を取れ。

とれないなら転職しろ。



何がボイトレ行けだ


ボイトレいく金と暇あったら、英会話いってるし、

英会話いく金と暇あったら、ジムいくわ!!

ジムいく金と暇あったら旅行もしてるわ!!


そのくらい、

俺はやりたいことがいっぱいあって、その都度、それを選択してる。


俺のことを理解するやつは誰もいない


いなくていいし、いたら気持ち悪



俺はあいつみたいな机上の空論や理論ばかりで

内容の伴ってない奴に言われるのが一番嫌いだ。

辻褄が合ってない。


次回、

「もしも生まれ変わっても また私に生まれたい

 この体とこの色で生き抜いてきたんだから」