Memphis dock

札幌で非精力的に活動中のシンガーソングライター.Yoshihitoの活動日誌

君のいない春


3月が終わりました。

4月です。

新しい季節。

新しい春。


『君のいない春』というオリジナル曲 があって、


まー、モトカノのことを歌った歌だったんだけど、


4月1日はモトカノの誕生日でしたwww


もう後腐れないけど、この誕生日はなかなか忘れられない日程だわ。

ま、祝う前に別れたんだけどww



話は変わって、

今日はあのままバンド続けてたらライヴする日でした。

今日は『坂道のアポロン』という映画を見に行ってきました。

優等生のピアノと不良のドラムがジャズセッションを通じて友情を育むというストーリー。

あれ本当に俳優本人が演奏してんのかな?

本物だったら、あのジャズドラムはなかなか1年とかじゃ出来ないレベルだと思ったけどどうなんだろう。

ジャズの演奏シーンも臨場感があって良かったけど、

いいのはストーリー。

ありがちで予想のしやすい展開ではあったけど、

なんか、音楽に自分の存在のすべてをかけていた学生時代のような気持ちを思い出させるシーンがあった。


音を出し合えば、言葉を交わさずとも理解しあえる世界。

真の音楽家とはそういうもの。

理論や理想論ではなく、ただ感じるままに音の中に飛び込み、自分の音を出す。

そして、その中でハーモニーを生み出す作業。

セッションはそういうもんだと思う。

俺も今までの人生でピアノ6年、ドラム12年経験して、ギタボは10年になる音楽人生。


まだ満足してない。


映画の劇中にあったような、音楽で分かりあえる友情みたいなもの、

俺も求め続けてきたけど、なかなか難しいのが最近の交友関係の構築の難しさだと思う。

思春期のように自我を爆発させ、自分の存在をかけてぶつけあうような事をこの年になると懐かしむばかりで

遠い過去の幻のような気分になる。


あの頃からずっと、俺だけが音楽の中に自我を爆発させ爆心地から数メートル以内には人を寄せ付けなくなっていた。


思えば、高校の時も、大学の時も、

適当に予約したスタジオで何も段取りしてない中でアドリブのセッションをする友達がいたもんだった。

もちろんその時はドラム担当で。

しかし、いつしか、俺は取り残され、

ぱっと誘い出せる人がいなくなった。

 
思い返してみれば、


俺は本当にROCK野郎だと思う。


自分の周りに同志と呼べる人がいなくなっても、


誰かに合わすことなくROCKをやってきた。


大学卒業の最後のライヴ。


俺は一人でステージに立った。


他の卒業生はみんなバンドなり組んでたのに、


俺は、


俺のやりたいことを知ってる人がいなかったから、


一人で黒シャツにグラサンをかけ、まるで井上陽水かアルフィーの坂崎かはたまたミック・ジャガーのような風貌で、

エレキギターを担いでミッシェルガンエレファントのダニー・ゴーと世界の終わりを熱唱した。


独りミッシェルwww


そんな奴は、俺以外に誰一人としていなかった。


みんな誰かとバンドを組むか、組める人がいなかったらやらないか。


けど、俺の中にはライヴをやらないという選択肢はなかった。


誰もいないなら一人でやればいい。


誰も出来ないなら俺だけでやればいい。


賞賛の眼差しなんてなかった。


みんなバンドで出てるのに、

弾き語りがあってもアコギなのに、

一人でエレキをアンプに繋いでグラサンかけて、

「狂い咲く坂道」なんて歌ってる異様で異質な卒業生を見る、

キチガイを見る眼差しだった。


でも、俺はそれでよかったと今でも思う。

それでこそROCKなんだって思う。

誰になんて謂れたって、

誰も味方になってくれなくたって、

俺にはROCKがあった。

ROCKだけあれば、それで生きていけるんだって。

涙を流すこともなく、卒業ライヴが終わり、

2単位を残して卒業留年した俺には後輩から花束なんて貰えなかったし、

サークルに残してやれるものは、

何もなかった。

多分語り継がれることもなかろう。

でも、俺は同級生と後輩には恵まれなかったけど、

先輩にはROCKの申し子だと賞賛されていた。

生き様こそがROCK。

予定調和をぶっ壊せ。


実際、ロックは死んだと思うけど、

あとは生きた伝説だけがロックを引き摺りながら地獄へ向かっている。

ノエル・ギャラガーのような荒くれ者のロックンローラーが流行る時代は終わったのかも知れない。

けど、あいつらがいたから、ROCKはROCKだった。

あいつらの憎悪こそが愛だった。

あいつらの悲痛な叫びこそが平和への祈りだった。

俺も人生はそうなりたくて、

今30代になっても反骨精神を掲げて生きてる。


「予定調和じゃつまらない」


というのは、俺の大学時代お世話になった教授の言葉で、

俺たちの合言葉はROCKだった。

先生はウクレレでハワイアン弾きだったけどね。

それでも心の中ではアウェイこそが自分の真の力を発揮すべきステージで、

そこで周囲の期待も渇望もすべて裏切って、ぶっ壊す。

それがROCKだった。


今の世の中の、やたら美意識だけが高くて、

しかしながら中身はすっからかんな調和同化主義みたいなものが

俺はDisgustingで、そういうの価値観を押し付けだし、

善意の押し売りなんていらないし、

ROCKはやっぱり反骨精神むき出しにやるもんだ。


「こうした方がうまくいく」とかそーゆーのが一番ウゼェ!

 
そんな処世術や攻略法を知ったところで、俺は取り説を破り捨てて、

中指を突き立てて鼻の穴につっこんでやりたい。

寧ろ、そんなこと言う奴等のケツの穴にわさび塗ったストックの先っちょをつっこんでやりたい。


 
ちょっと前に、職場の後輩と飯食いに行って、

俺はその後輩の愚痴を聞いて楽しんでるだけなんだけど、

その後輩には俺が話しやすいみたいで、

二人とも酒も飲んでないのに、

「よしひとさんのそういう言いたいこと言っちゃう性格が好きですわー」とか、

告白されたよww

俺も好きだけどね、


自分のこと。
 

エレクトリック・サーカス




早急な話ではありますが、

昨晩バンドメンバーと話しまして、

3月17日を持って、

THE FORTITUDEの活動を一時休止する事になりました。

解散ではないので、

またそれぞれが今ある課題に向き合い、

成長し、またやりたくなったら再開します!!

なので、現在も絶賛ドラム募集中です!!

ドラムが見つかれば再開は早くなると思われる!



でも、そのためには今はしっかり休まないと。

実はここ最近、本当に思考停止に陥ってました。

何故、俺はバンドをやるのか・・・。

何故、ライヴをやりたいのか・・・。



そりゃあ好きだからですよ。

でも、その好きでやってる事が事務的で義務的になってくると、

好きという自由を失っていくのですね。

本当は好きのままやっていきたい。

でも、自分以外の人と続けていくのを考えると、

それぞれに欲があることだしね、折り合いの付けようが難しくなってくる。

それでもやっぱり譲れないものがあって、

そして、こういう話に落ち着いた。


昨日の今日のこと。


自分は疲れたんだと思った。

結成から2年ほど経ち、3年目を迎えるにあたって、

これまでのやり方で突っ走っていくのには、体力がなくなってきたな。

もちろん元気ではあるんだけど、

これまでと同じやり方は続けられないと思った。

そういう話を昨日してきて、納得はしてもらえたのかなと思う。


もしこのまま突っ走っていけてても、遅かれ早かれ、

どこかで消耗が抑えきれなくなっていたと思う。

タイミング的には良しとは言えなかったけど、

でも、それが半年後なのか数年後なのかって解らなくても、

その時もしかしたらみんな状況が激変してて、

再起不能な状態になったかもしれない。

自分の意見を正当化するつもりはないけど、

後で、立ち直れなくなるほど壊れるくらいなら、

今、休息って形で冷却期間を置いた方がいいかもしれない。



昨日の今日のこと。


なんやかんやで、

THE FORTITUDEというバンドは、

俺にとっては恋人同然の存在だった。

他のメンバーには彼女はいたけど、

彼女のいない俺には、一番愛でてる対象だったかもなぁ。笑

でも愛ですぎるとちょっと憎くもなるしなぁ。笑

多分今まで付き合った恋人のどれよりも長いなぁ。笑

や、長くて2年くらいか。



結構反響があって、

前のライヴ見に来てくれた人で、

「また見たかったなー」とか来たことない人にも「一回見たかったなー」とか言われたんだけど、


俺は常に思ってる事がある。


Now is Everything!!!


一番大事なのは、今!

今がすべてだ!!!!!


後悔したって、惜しんだって、


その瞬間に来てくれないのなら、

おそらくその人たちはこの先、

機会があっても実行には移さないだろう。

チャンスは自分で作るもの。

そして、チャンスは自分で掴むもの。


与えられるのを待つな。



流れは自分で引き寄せるんだ。




本当に大事なことは、



この休止期間中も、

ただ黙って何もやらずに過ごすんじゃなくて、

再始動する未来に繋がるために

今、何をすべきかをコツコツと積み上げていくこと。


そのために俺はFORTITUDEの活動を止めても、

メインのバンドはこれだと思ってる。

その為に、今、回り道をして、色々経験しようとしてる。

何を優先するかは誰かに押し付けられるものではない。

自分の意志で動かすものだ。


活動再開する時に、誰も、何も成長していなかったら、

その時は、もう、本当に終わりにしたらいいってなるさ。

バンドは続けたい。

けどダラダラはしたくない。

でも、自由性を失くしたくはない。

わがままだけど、そういう風に動かしたい。



だから本当にショックに思うのは、






長谷川るいがAV引退することです。


 


後から見たいって思っても今ならDMMとかshare movieとかで見れるけど、


もっとは見れない!


翼の時もショックだった!



そういうことですよ。


今まで見たいと思ったライヴやバンドがたくさんあったけど、

気付いたら解散してたり、メンバーが死んだりして活動してなかったりした。

俺等もいつそうなるか分からんよ。

だから、次活動する時は、

後悔しないうちに絶対ライヴ見に来てください!


後悔させないので!!


 

原点に立ち返り




最近はなんだか音楽へのやる気を失っています。

元々天邪鬼ですし、義務的にやるのは好きじゃないのですね。


なんていうか、今までもあったけど、


これ以上やったら、嫌いになるかも知れないっていうところで線を引いてしまい、

その先には行けない。


まぁ、今回は違うんだけど、


もっと自由にやりたいけど、

自由を謳歌するためには、

堅牢なる完成度と揺るぎない自信が必要なわけで、

それら片方ずつあっても、

自由なんて手に入らないわけですよ。


少なくとも、自信だけ持ってたって、

それは自由ではなく現実逃避の部類になるんじゃなかろうか。

常に僕は、

自分の音楽を作品として考えた時に、

完成させて”形”として残したいと思ってるわけなんです。


でもその完成というものは、どこまでいったら完成になるかなんて分からない。


だからこそ、僕等は敢えて、完成”させる”作業をしなければならないと思うのです。

 いつまでたっても完成する事のない歌や曲は、

ライヴでやった時に聴いてる人はどういう反応を抱くのか。

まぁ、僕らみたいな名の通ってないバンドでは、そんな反応を抱いてくれるファンもお客さんもバンド仲間もいないわけで、

それらも作品と同じで、

”作る”という作業をしないと得られないものだと思う。

ただ「手段」を磨いていたって、

「武器」の威力がなければ、意味がない。


歌は武器。ライヴは手段。


まず磨きをかけるもの・・・

というのは、正しく、前者であり、

後者は二の次でもいいと思うのです。

パフォーマンス力を上げるには、

パフォーマンスの部分のみを磨いても発揮されないわけです。

がむしゃらに、適当に、

やったってそれは自由ではなく、不自由を晒すことだと思ってるのです。


ライヴをしたいのなら、それこそ路上ライヴでもすればいい。

僕も昔やってましたけどね、


路上ライヴっていうのは、それこそ、メンタルもパフォーマンス力も、人とのコミュニケーション力も鍛えられる。

それ以前に、それらが備わっていなければ、道行く人の歩みを止めて、聞き入らせるほどの表現は出来ない。

それこそ、僕は今でさえギターボーカルやフロントマンとして活動してるけれど、

路上ではギターや歌だけではなく、カホンを叩いたりもしてきたわけです。

ありとあらゆる自分の出来るパフォーマンスをして、人の歩みを止めて、自分に目を向けさせようとしてきた。

はたまた、路上ミュージシャンと仲良くなり、合同で路上ライヴやったりもしてきた。

オーストラリアでもギターを担ぎ、路上パフォーマーの免許を取って演奏してた。


そうこうやってくうちに、一人で音楽を作れるようになってきた。

でも、常にバンドサウンドを意識して作ってきた。

やっぱりバンドが好きだから。


でもね、バンドが好きでもライヴが好きでも、

やっぱりもっとかっこいいことをしたいって思いはなくならない。

それを追求しだすとね、

バンドやってればかっこいいとか、バンドやってればモテるとか、

そういう時代じゃなくなってきて、

本当にかっこいいことしないと人の目には止まらない時代になったんだって気が付く。

本当にかっこいいこと・・・


それは、自分自身に自信を持って、確固たる揺るぎない自信と強固で堅牢なパフォーマンス力が必要だと、

そういうところの行き着く。

その上で、楽しむ。

そういうものを

俺は目指している。


ある時、

「俺ら適当でしょ」という言葉を投げつけられた時に、

「俺は適当にやってねぇよ」という言葉を飲み込んだ。



そもそも俺の好きな音楽やアーティストというのがね、

流行やビジュアルの良さではなく、

堅実に固められた土台があり、圧倒的な実力の上に熱さやパフォーマンス力が発揮されてるバンド。

プロだから下手なわけないんだけど、

その上でも、周りに流されないスタンスを持った人たちに強く惹かれる。


最近はもうiPodの中の音楽は聴かずに

CDをカーステで流して聴いている。

俺が初めてROCKにハマる事になったきっかけの運命の一曲がある。


BON JOVI



It's My Life




中1のある冬の日、

元々学生時代バンドをやっていて音楽好きだった母にCDを借りようと出してもらった大量のCDの中にあった、

たった一枚のCDのジャケットに惹かれた俺は、

母が薦めていたCDを跳ね除け、そのCDを手にとった。

それが俺をROCKに目覚めさせたアルバム『CRUSH』だった。

その最初のトラックに入っていたIt's My Lifeがラジカセから流れた時、

電撃が落ちたんだ。

あの頃、本当にBON JOVIしか聴こえていなかった。

2000年代最初になってBON JOVIがワールドツアーで札幌ドームに来た時も、

初めてのライヴだった。

手がジンジンして血液が目まぐるしく巡るほど手拍子をして、

帰る頃には真っ赤に染まっていた。

圧倒的なカリスマ性だった。

ジョンのようなロックスターになりたかった。

中学生ながらに将来はBON JOVIのおっかけをする為に英語を覚えなくてはと思ったのが、今英語を話せるようになったその原点なのかも知れない。

そんなBON JOVIももう結成25周年を越え、

ジョンは銀色の髪になって、ハイトーンのシャウトは出来なくなって、

リッチーはデブッて、バンドから去り、ロン毛の知らないギタリストがリードを弾いている。

ティコは未だに現役でかっこいい。今はドラム以外にも色々マルチなアーティストとなっているらしい。

デビッドは昔はかなりイケメンだったけど、太ってかわいくなった。

BON JOVIと出会ってから20年くらいになるけど、

今まで聴いてきたどの音楽よりも熱狂する。

今でもLivin' On a Prayerのジョンみたいなシャウトを目指している。

ああ、本当にBON JOVIはすごい。

彼等を知らない今の世代のロッカーかぶれの人たちは損をしてると思う。

洋楽を聴かない人が増えた。

洋楽=EDMだと勘違いしてる人も多い。

昔はROCK=洋楽と言っても過言ではないくらいだった。

寧ろ、洋楽でなければROCKではない。みたいな人もいた。

VAN HALENやDEEP PURPLE、RAINBOW、OASIS・・・などなど、

あの時代のロックは今でも色褪せずロックのまま。

古きを知る事は、

最新を生み出す最速の行為だと思う。


 
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